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「月の光」という女の子―アフタラ③
19f.jpg
ルシネちゃんの牛。

「Hey, come! come!」

英語を話す女の子、ルシネちゃんはぴょんぴょんとびはねながら私達を家に案内する。

「わたしルシネっていうの。"ムーン・ライト"っていう意味なのよ。
わたしアメリカの映画とかドラマとかよくみてるの。
パパが英語が覚えられるからってテレビ買ってくれたんだ。ママも英語話せるの!」


ルシネちゃんのパパは寡黙だった。ロシア語が話せないのかと思ったら、
英語が話せない、というだけだった。アルメニアで英語が話せないことは、驚かないよ。

すぐさまおうちに案内してくれるという家族を信じてよいかわからなかったけれど、
正体もわからない2人組み旅人を家に招きいれることは、
受け入れる側にとってもリスクがあるはず。

・・・というずいぶん冷めた見方をしながらも、
あいかわらず元気にはねまわるルシネちゃんを見ていると、疑う気がすこしずつうせてくる。


19g.jpg
ルシネちゃんの家。


家の中はつめたかった。コンクリートのうちっぱなしの床にじゅうたんが引かれ、木製のすこしがたがたしたテーブル、やたら豪華な重たいつくりのソファがおいてあった。テレビはアンテナがついた足つきだったが、衛星放送を受信しているらしく、チャンネル欄は3桁だった。壁には壁紙が貼られておらず、天井は―まじまじと見つめるのをはばかられ、あまり覚えていないが、コンクリートのうちっぱなしに、裸電球がぶら下げてあった。明らかに貧しかった。

「まわりの家はね、もっと壁とかきれいなのよ、うちはちょっといま、余裕がなくて、床もこんな状態だし、ね。」

「パパはタクシー運転手でね、お金がないから、ルシネを学校にやれるかわからないのよ」

「タクシー運転手」は失業者の代名詞だ。以前モスクワを訪れた両親に聞かれた覚えがある―ナオカ、モスクワにはタクシーがいないのね?―ちがうよ、私が手を挙げて止まった車は、すべてタクシーなの―。パパはロシア語がわからないわけではない。ママが客人にいちいちそんな説明をしているのを聞きながら、ウォッカの準備をしている。リョーシャはこういうときに詳しくわからない風で愛想笑いをしながら一杯飲んだり、もう一杯を断ったりしている。「まあまあ君飲みたまえ」「いやあ、あなたの杯をことわるわけにはいきませんからね、でも私はこれ以上は」「なんだ君あまりのめないのか」「いやぁ、いつも飲むわけではないので」 有名なロシア映画「秋のマラソン」にもそんなシーンがあった気がする。


夕飯をいただいていると、お客人があらわれた。さっきのバスの運転手だった。片手に袋いっぱいの何かをもって、ママにそれを手渡した。この家族と運転手は、知り合いのようだった。

「よう、元気かね。
なに、みかんのさしいれに来たんだよ。なぜここがわかったかって?

あんたらが遺跡からこっちの家に向かって歩く姿が見えたからさ。



運転手はこの村がすり鉢構造になっており、すり鉢の一番底に村への道路が伸びていることを示した。つまり、村に誰がはいってくるかがどの家の庭からでもわかるのだ。私達が今日この村にやって来、この家に泊まっていることを村中が知っている・・・!いまこの瞬間、村人の数は私にとって脅威の数を意味するのだろうか、それとも仲間の数を意味するのだろうか。一瞬不謹慎なことを考え、すぐにうちけした。旅の疲れがでてすこしナーバスになっているんだろう、味方と考えるべきだ―。




それでもみかんはおいしかった。ルシネちゃんは元気いっぱいだった。ママがおもむろに机から立ち上がって、改まって「さて、ところであなた達はご夫婦?」と聞いた。私達は顔を見合わせもせず「はい。」と答えた。ママはそれ以上聞かずに、部屋を用意してくれた。明日は村の出口まで送っていくし、希望があれば近くの遺跡ものせていく、ツアーをくむ、と声を掛けてドアをしめてでていった。となりの部屋からはルシネちゃんのはしゃいだ声がする。彼女があのリビングの冷たい床で眠る羽目に陥らずによかったと思う。


「この家に部屋は2つだな。」リョーシャがいった。私達が「夫婦ではありません」と答えれば、それは嘘ではない。すると2つしかない部屋を私達が両方使うことになり、ルシネちゃん家族はリビングの床で寝ることになってしまう。それがアルメニア文化だ。さっきまでウォッカぐびぐび飲みまくっていたくせに、こういうときにちゃんと頭を働かせたりするから、ほんとうに見限れないやつだと思う。見限りたいわけじゃないんだけど。




「さっきあの運転手に聞いたんだがな、このあたりで英語を話せるのは、あの母娘だけらしい。」

寝袋を広げながら、リョーシャが言った。


「しかし、まあ、明日は、なるべく早くこの村を出よう。」





言語はサバイバルだ、生きるために習得するんだ、

という通訳の授業の先生の言葉を思い出しながら眠りについた。


要塞でキャンプしていたというガイジンたちは、よく勇気があったものだ、と思ったが、
すぐにその理由がわかった。彼らはロシア語ができなかったのだ。



こうして3日目も、私達は野宿に失敗した。

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2009/10/14 (水) 03:56:32 | | #[ 編集]
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